金融危機と経済学(ボツVer.)w
ボツになった原稿ですが、このまま誰にも読まれずに捨てるのも惜しい気がしますので晒しておきます。
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1.はじめに
2008年9月の米国投資銀行、リーマン・ブラザーズの経営破綻を契機に顕在化した金融危機をめぐる経済学による解釈について、米国における金融規制・規制緩和をたどるとともに、危機後の規制強化に関する議論も含め、まとめる。
主題は、金融市場をめぐる市場ルール、規制の在り方についてである。最後は日本における金融規制についても触れる。
2.米国における金融規制・規制緩和の概史
(1)グラス・スティーガル法による銀行と証券の分離(1933年)
1929年の世界恐慌前後にかけて、米国の銀行では、子会社の証券会社を利用して債務者に債券を発行させて投資家に販売し、自らの貸出金を回収する、また、自らの不良債権(南米向けなど)を裏付けに償還の見込みのない債券を発行して投資家へ販売して貸出金を回収するなどの不正(利益相反行為)が横行していた。
これらの不正はペコラ委員会の調査で明るみに出て、米国議会では銀行規制の必要性が論じられるようになる。1933年、グラス・スティーガル法が成立し、銀行業務と証券業務の分離が規定される。
具体的には、①銀行本体による引受、ディーリング業務の禁止、株式買い付けの禁止(第16条)、②引受等証券業務を行う関連会社を傘下に保有することの禁止(第20条)、③証券会社による預金取扱業務の禁止(第21条)、④銀行の役職員による証券会社の兼業禁止(第32条)が銀行と証券の兼業禁止が定められることになる。
また、設立根拠により州の規制を受ける州法銀行と、連邦の規制を受ける国法銀行が分かれており、監督が一元化されていなかったが、FDIC(連邦預金保険会社)が設立され加盟が義務付けられることにより米国内の銀行はFDICを通して連邦の規制下に入ることとなった(1935年)。
同時に、証券法も改正され、証券会社も連邦の規制下に置かれることとなった。
(2)グラム・リーチ・ブライリー法制定と規制緩和
戦後、米国でも資本市場の拡大により、事業会社は銀行借り入れよりも公募増資や社債発行による資金調達を行うようになっていく。また、欧州では銀行・証券の分離が無いユニバーサル・バンクが主流であり、これに対応するため、金融の規制緩和が求められるようになっていく。
1987年にグリーンスパンが連邦準備制度(FRB)の理事長となり、グリーンスパンの下で銀行の証券業参入の規制緩和が着手されていく。グラス・スティーガル法でも、証券業務が「主な業務」でなければ銀行業が算入できると解釈できる余地があり、これを根拠に証券の引受とディーリング業務が限定的に認められるようになる。それでも、世界恐慌の際に見られたような利益相反行為を防止するために、銀行と証券の間に28項目にも及ぶファイアーウォール規制が広範に掛けられていた。
その後、金融業界の強い改正要望のなか、1997年にFRBはファイアーウォール規制を大幅に削除し、グラス・スティーガル法の事実上の解釈改正が進んでいくような状況となっていった(裁判所もこれを追認するような判決を出していく傾向であった)。
1999年、グラス・スティーガル法の20条(引受等の証券業務を銀行の関連会社が行うことを禁止)及び32条(銀行と証券会社の役職員兼任禁止)が廃止され、銀行・証券会社・保険会社の総合参入を容易化したグラム・リーチ・ブライリー法が成立する。これにより、金融持株会社の下に銀行・証券・保険子会社を兼営すること、銀行・証券・保険が互いに子会社を持って相互参入することが完全に可能になった。なお、規制面も整備されたが、1990年代に論じられた一元的な監督機関の設立は見送られ、金融持株会社はFRB、銀行はOCC(財務省通貨庁)、FRB、FDICなど、証券子会社はSEC(証券取引委員会)、保険会社は州当局などバラバラの監督官庁が所管することとなり、規制の不整合や漏れ、二重化が起こり、「規制裁定」が行われる原因ともなる。
この他、2004年には証券会社に対して規制されていた自己資本に対するレバレッジ規制がSECによって解除されるなど、いっそうの規制緩和が進められていくことになる。
3.リーマン・ショック前後の金融市場をめぐる経済学の解釈
米国への資本流入継続の下、政府の住宅取得促進政策による住宅ブームや金融技術の発達も有り、自由化された金融業界は空前の利益をあげていくことになる。
金融危機の直前まで、事実は次のようなものであると観察されていたと考えられる。
① 預金を取り扱わない投資銀行も含めた広義の銀行システムを中心に、金融市場は進化を遂げ、過去と比べてより競争的状態となった
② CDS(クレジット・デフォルト・スワップ) やCDO(合成資産担保証券) に象徴される様々な新金融商品が生まれ、リスクの証券化が進捗
このような事実認識の下、金融市場にかかる規制緩和は、合理的期待や標準的な一般均衡論、価格理論の枠組みによる経済学体系、いわゆる新古典派経済学に基づいて、次のような予想をもって歓迎されていた。
① 市場がより競争的になれば、資源配分の効率性が高まるという予想(厚生経済学の第一基本定理=完全競争市場は効率的な資源配分をもたらす)
② 証券化やデリバティブの発展は、経済全体のリスク・シェアリングを効率化させ、世界はより安全になるはずとの予想
一部では、金融技術の発達によって、情報の非対称性が無いような完備された市場が成立したかのような「錯覚」まで引き起こしたといわれる。
完全競争市場の前提の一つに、「情報が完全である」という仮定がある。そもそも、情報が完全であれば資金余剰の経済主体は、自ら資金不足の経済主体を探し当てて、適切な金利で金融取引を実行できるはずであり、金融仲介機関の存在そのものが不要となる。商業銀行や投資銀行が存在すること自体が「情報が不完全である」ということを示している。
伝統的な商業銀行モデルは、預金で調達した資金を「情報の非対称性」があるなかで、借手の債務償還能力を審査したうえで融資し、償還までの長期間に渡って保有するというものである。このタイプの銀行は、情報生産活動を行うことが自らの利益となる(審査・融資後のモニタリングを行うインセンティブを持つ)。
政府の役割(規制の設定)として、情報の不完全性を緩和するために、取引される金融商品に関する情報開示を充実させたり、情報面で不利な立場にある借り手を保護するために、貸し手に説明義務を課す等といったことが望ましいと考えられる。
グラム・リーチ・ブライリー法後も商業銀行自体は厳しい規制の下に置かれていたものの、リーマン・ブラザーズに代表されるような新しい投資銀行が登場し、預金では無く、短期金融市場で調達した償還期限が極めて短い金融債務をもって証券化商品へ投資を行っていた。投資銀行は極限まで短期収益を追及したため、自己資本の30倍以上の短期金融債務を借入するレバレッジの高い投資を行ってきた。これは、資産全体のわずか3~4%の毀損が起きると自己資本が完全に無くなることを意味する。
証券化により、債務は直ちに貸し手のバランスシートから切り離され、償還リスクから解放されることから、銀行は、情報生産活動を行うインセンティブを失ってしまう。また、証券化商品は複雑に合成・切り分けされて販売されるため、もはや原資産の情報が投資家にとっては知り得なくなる。その場合は、証券化商品の償還能力について格付け会社が「AAA」といった記号で情報を伝えることにより、情報の非対称性を緩和するとも言われていた。しかし、格付け会社は証券化商品を組成する投資銀行等から格付の依頼により手数料を受け取るという利益相反状態のなか、「適正な」格付けを行なうインセンティブを持たないものとも考えられる。(また、格付けに対する規制はほとんど存在しなかった)。
このようななか、リーマン・ブラザーズの経営破綻を契機に金融危機は顕在化し、世界中に波及していくことになる。
4.ボルカー・ルールをめぐる議論
金融危機の与えた衝撃があまりに大きなものであったため、2010年7月に早くも金融規制改革法(ドット・フランク法)が成立する。このドット・フランク法のなかで、金融機関に対する規制に関するものがボルカー・ルールである。
ボルカー・ルールは、銀行・証券業の分離を定めたグラス・スティーガル法の単純な復活ではない。大きなポイントは次の3点である。
①銀行の自己勘定によるトレーディング業務の禁止
②銀行からヘッジファンド等への持分出資の禁止
③大規模な銀行合併買収の禁止(「大き過ぎて潰せない」を防ぐ) である。
ドット・フランク法は膨大な法律であるが、実際には施行されていない。具体的な規則作りは関係当局のガイドラインや細則に委ねられており、膨大なルール改正・制定作業が必要になるためである。
ドット・フランク法は法案段階から激しい反対に晒されており、反対意見は現在も続いている。ボルカー・ルールに対する主な反対意見は次の4点に集約される。
①商業銀行による自己勘定取引は主なリスクファクターでは無い
②トレーディング市場での必要な流動性が損なわれる
③米国本拠の商業銀行の競争上の地位に悪影響を及ぼす
④規制案はあまりに複雑で、遵守のためのコストが大きい
これは、そもそも金融危機の発生原因について、民主党側では行き過ぎた規制緩和と金融機関経営者の強欲に主因を求めているのに対し、共和党側では国際的な資本移動のインバランスと金融機関経営者のリスク管理判断の誤りなどに求めており、意見がまったく一致していないためである。また、米国内のみならず、海外からも反対が相次いでおり、日本からも2011年8月に金融庁・日本銀行共同でコメントレターを出している。
この後、オバマ大統領はボルカー・ルールの施行を求めたりもしているが、進捗の目途は立っていない。
5.まとめ~金融規制をどのようにデザインするか~
金融危機が「100年に一度」というグリーンスパン議長の言葉は広く流布され、金融危機はめったに起きないもので、しかもやむを得ないもの・避けられなかったものであったという考えも取られている。なお、この100年に一度という言葉は、危機の「規模」についてのものであり、グリーンスパン議長の発言意図とはまったく異なる文脈で使われているケースも多い。
負債を梃子とした資産価格の継続的上昇が起こる度に、「今度こそは違う」(バブルではない)と正当化する「理論」が登場する。その崩壊後に振り返れば、まったく見当外れであってもバブルの最中にあっては気付かれないことも多い。
また、バブル最中であっても、危機が迫っていることを警告する経済学者も存在しないわけではない。しかし、たとえ錯覚であってもバブルの最中に利益追求を課せられた金融機関経営者が自ら「降りる」ことは考えられないし、中央銀行当局者が適切なタイミングで引き締めに転じることも難しい。
米国の金融規制のデザインを歴史的に振り返ると、連邦と州の分権もあって規制機関が乱立する中、一貫して規制緩和が進められており、決して有効な規制が取られていたとは思われない。市場経済において、金融危機は避けられないものであるという考え方も一部にはあるが、適切な規制の存在で危機の抑制は可能であるとも考えられる。
なお、日本においては金融規制は業態に関わらず金融庁で一元的に管理されており、米国のような規制機関の乱立や二重化による「規制裁定」は起こりがたいものと考えられるが、過剰な規制で「コンプライアンス疲れ」を金融機関に引き起こしているとの弊害も指摘されている。
自由放任的な銀行システムと、社会計画的な銀行システムをモデル化し、金融危機の発生をシミュレーションする研究も日本銀行により行われている。その結果では、自由放任モデルの方が危機が頻発する(ただし、結論は広く認められてはいない)。
実際の政策は「目の前にある危機」への対応のため、バーゼル規制や銀行税など、経済学の理論研究より進んでいると考えられる。しかし、それが適切なデザインであるかは試行錯誤による部分も多く、理論的な裏付けが完全に近いわけではない。
「市場は目覚ましい成果を生み出してきた一方で、うまく機能しないこともありうる。特定の市場がうまく機能するかどうかは、その設計にかかっているのである」(J・マクミラン「市場を創る」)
「通常、市場は経済活動を組織する良策である。」(マンキュー経済学の十大原理、第6)
「政府は市場のもたらす成果を改善できることもある。」(同、第7)
金融市場は素晴らしい成果をもたらしてきたものの、堪え難い苦難を招く危機を何度も起こしてきた。経済学の研究知見を学ぶことにより、市場設計=最適な規制デザインはどのようなものか、考えていきたい。
以上
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