貸倒引当金繰入の無税規定は銀行経営者のインセンティブに影響するか?
またまたレポート(一部ですが)を晒しておこうと思います。
貸倒引当金の税務上の取扱いは、納税という現金流出の有無に影響する。財務会計において「税効果会計」という会計基準があり、税務上の取扱いが有税扱い(損金にならない)でも無税扱い(損金になる)であるかにかかわらず、当期純利益が同一になるという仕組になっており、経営者のインセンティブには影響が無いようにも考えられる。これをモデル図で示すと、下記のようになる。
科目 | イ貸倒引当金が有税の場合 | ロ貸倒引当金が無税の場合 |
---|---|---|
経常収益① | 100,000 | 100,000 |
経常費用② | 70,000 | 70,000 |
うち貸倒引当金繰入 | 20,000 | 20,000 |
税引前利益③=①-② | 30,000 | 30,000 |
(課税所得) | 50,000 | 30,000 |
法人税等(現金流出)④ | 20,000 | 12,000 |
法人税等調整額 | △8,000 | ― |
法人税等合計⑥=④+⑤ | 12,000 | 12,000 |
当期純利益⑦=③-⑥ | 18,000 | 18,000 |
法人税率は40%とする。
モデル図によると、貸倒引当金繰入が有税処理の場合でも、税効果会計適用により「法人税等調整額△8,000」が計上され、当期純利益は無税の場合と同額の18,000となる。仕訳は下記の通り
(借方)繰延税金資産 8,000/(貸方)法人税等調整額 8,000
銀行経営者のインセンティブが株主から要求される利益水準を確保し、自らの地位の継続であると仮定すると結果(当期純利益)が同一である以上、貸倒引当金の有税扱い・無税扱いはインセンティブには影響を与えないようにも思われる。しかし、有税扱いの場合は現金流出(納税)が8,000増加するので、貸倒引当金繰入の翌会計年度では運用できる資産が8,000減少するため、期待される運用益がその分、減少することになってしまう。
総資産のうち、8,000という繰延税金資産は運用益をなんら生まない会計上の資産であり、換金することもできないためである。
次の会計年度に貸倒が実際に発生し、有税扱いであった貸倒引当金が使用され、損金に算入された場合をモデル図で示す。
科目 | イ貸倒引当金が有税の場合 | ロ貸倒引当金が無税の場合 |
---|---|---|
経常収益① | 100,000 | 100,000 |
経常費用② | 50,000 | 50,000 |
(貸倒損失 | (20,000) | (20,000) |
税引前利益③=①-② | 50,000 | 50,000 |
(課税所得) | 30,000 | 50,000 |
法人税等(現金流出)④ | 12,000 | 20,000 |
法人税等調整額⑤ | 8,000 | ― |
法人税等合計⑥=④+⑤ | 20,000 | 20,000 |
当期純利益⑦=③-⑥ | 30,000 | 30,000 |
※貸倒損失は貸倒引当金戻入と相殺されるため、損益計算書には影響を与えない。
この場合も、税効果会計の仕組みにより、当期純利益は同額となる。仕訳は下記の通り。
(借方)法人税等調整額8,000/(貸方)繰延税金資産 8,000
有税か無税かの違いは、一会計年度の間だけ8,000の繰延税金資産が計上され、運用機会を逸するということだけである。
しかし、実際には、貸倒引当金は貸出残高がある限り継続して計上されるので、有税扱いの貸倒引当金残高がある限り繰延税金資産は取り崩されることが無く、継続して運用機会の喪失が生じる。日本の法人税法の貸倒引当金損金算入要件は非常に狭い範囲しかないため、多額の有税引当残高が継続して残存する。
ただし、長らくゼロ金利が常態化している日本において、繰延税金資産計上による運用機会の喪失額はわずかであり、銀行経営者のインセンティブに影響を与え、貸倒引当金繰入をためらわせているとは考えにくい。諸外国ではそれぞれ税制が異なるし、繰延税金資産の計上要因は貸倒引当金だけではないため、国際比較は難しい。スペインのケースでは、統計的引当金以外の発生損失モデルの貸倒引当金はすべて無税扱いであり、統計的引当金以外の貸倒引当金繰入による運用機会の喪失は無かったものと考えられる。スペインも低金利下であったものの、銀行経営者のインセンティブには「良い影響」(危機に備えられるという意味で)があったとも考えられる。
参考文献はこの辺り。
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- 作者: 新日本有限責任監査法人,河野明史,腰原茂弘,田邉朋子
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